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"何を考えてるかわかんない人は大体何も考えてない。"

Twitter / クロッシュ_水銀色水銀燈 (via hisaruki, jinon) (via tantarotaro) (via miramiramiu) (via blahxxx3) (via shortcutss) (via zooeysella) (via yellowblog) (via andi-b) (via non117) (via rush88dcsstt) (via thinkaskquestionask)

"・よく「なにかに反対するなら対案をだせ」
 という意見があるよね。
 そう、対案が出せたらいちばんいいのだけれど、
 そうそう簡単に対案が出せるとは思えないんだ。
 だって、反対されているもともとの案にしたって、
 予想される反対意見、ありうる対案については
 考え済みのことも多いだろうしね。

 「反対だけど、対案はまだ思いつかない」
 ということは、あってもおかしくないと思うんだよ。
 ただね、そこで考えをやめちゃうっていうのは、 
 なんにもいいことないと思うわけだ。

 Aの案に、賛成できない、反対である。
 だが、対案は思いつかない。
 対案がないけれど、A案はいけない。以上。
 ‥‥ということになっても、ただなにかを止めるだけだ。
 対案Bなり、対案Cなりを出せるように考えを続けること、
 それが大事なんじゃないだろうか。
 考えをやめないでいれば、
 反対していたA案についての新しい発見もあるだろうし、
 もっとずっといいB案を生みだせるかもしれない。

 そしてさらに、じぶんが生みだしたB案について、
 じぶんが批評的に吟味していって、
 B案の反対意見を想像したり、
 それを実現するためには弱点になることを探す。
 こんなふうに、イニシアティブが、
 じぶんの側に来たときのことをイメージして、
 ものごとは考えられるべきだと思うんだよね。

 「反対するなら対案をだせ」じゃなくて、
 「反対するなら対案をだしたいと思え」ってことで、
 いいんじゃないかと考えたんだよね。
 よくことばでは聞いてる「建設的な会議」って、
 そういうことで成立していくんじゃないかなぁ。

 「反対です、とにかく許せません」みたいなのより、
 「反対ですが、対案は次の会議までに持ってきます」
 という反対意見なら、周囲の参加者たちも真剣に聞くよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「反対派のトップ」ってのは、まず人気は出るものなんだ。"

ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次

theantidote:

Casa Canada

Vancouver

(via apostrophe9)

(Source: leacoubray, via tatsdesign)

The year’s best drone photography, from eagles to fireworks | The Verge

The year’s best drone photography, from eagles to fireworks | The Verge

"・さまざまな新しいことは、
 詩人が種をまいて、はじまるように思っている。
 ことばという表現でとらえたら、
 詩人ということになるけれど、
 芸術家という言い方でもいいかもしれない。
 
 鳥のように空を飛びたい。
 こう、詩人が言った。
 ほんとうは、たいていの人たちが
 思ったことのあることだったけれど、
 詩人がことばにしたのだった。
 
 誰かが表現してしまったら、
 あとは、みんなに引き継がれる。
 科学者は考え、職人も考え、事業家も考える。
 それぞれに、じぶんのできることを考えていく。
 やがては、人が鳥のように空を飛ぶことができる。
 
 大昔から、人が思っていたことが、
 できるようになってしまう。
 人は、ほんとうに空を飛んでしまう。

 種をまいた詩人の本職は、
 科学者だったかもしれないし、
 職人だったかもしれないし、
 事業家だったかもしれない。
 もしかしたら、ただのこどもだったかもしれない。
 
 最初は、シャボン玉のようにはじまる。
 こわれやすくて、ただ美しかったりおもしろかったり。
 そこから、シャボン玉を「ほんと」にする人がでてくる。
 それは、もうかるからだったり、
 よろこばれるからだったり、いろいろだ。
 やがて、シャボン玉が「ほんと」になってあらわれる。
 人類は、シャボン玉に乗って遠くまで飛んでく。
 
 「ほんと」からはじまることばかりじゃ、
 うれしいことはあんまりない。
 芸術家の吹いてつくるシャボン玉が、
 たぶん、いま、とても足りないのだと思っている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
シャボン玉は役立たずだけど、「ほんと」にもなっていく。
"

ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次

「とにかく死ぬのヤだもんね。」22年前に糸井重里が考えた2つの反戦キャッチコピー | バズマガジン

「とにかく死ぬのヤだもんね。」22年前に糸井重里が考えた2つの反戦キャッチコピー | バズマガジン

One Day Long Exposure Photography – Fubiz™

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